センター長挨拶
なぜ日本は成長しなくなったのか?-価値創造型社会への転換の必要性

福井大学地域創生推進本部 附属創生人材センター長
教授 竹本 拓治
1. 高度経済成長の終焉と転換点
第二次世界大戦後、日本は驚異的な経済成長を遂げ、高度経済成長期から安定成長期へと移行しました。しかし、1990年代以降、低成長が続いています。この変化の一因として、戦後の経済成長が「効率性主導型」であり、先進国を模範とした発展モデルに依存していたことが挙げられます。成長の「お手本」が存在した時代では、効率化を追求することで成果を上げることが可能でした。しかし、90年代以降はイノベーション主導型の経済成長が求められるようになり、教育や社会の仕組みがその変化に適応しきれなかったことが、日本の停滞を招いたと考えられます。
2. 変化した教育と成果の乖離
近年、教育のあり方は変化し、「アントレプレナーシップ(起業家精神)」や「グローバル」といった概念が強調されるようになりました。しかし、これらが実際の成果に結びついていないのはなぜでしょうか?
単に「アントレプレナーシップ」や「グローバル」といった概念を取り入れるだけでは不十分です。問題の本質は、それらをどのように教育し、実社会に応用するかにあります。「起業家精神=事業創出、会社設立」、「グローバル=語学力」と単純化して捉えてしまうことで、実践的な学びにならず、結果に結びつかないケースが多いのです。また、現場で活躍する実務家が教育に十分関与していないことも、教育と実社会の乖離を生んでいる要因といえるでしょう。
3. 断片的な知識ではなく、統合的なスキルが求められる
かつての日本では、原理・原則を学び、それを忠実に実行することで社会で一定の成果を上げることができました。企業は「新卒」というブランドを重視し、画一的な採用と研修によって、効率的な人材育成を行っていました。このモデルは、戦後の効率性主導型経済成長期には有効でしたが、現在では時代遅れとなっています。
現代の社会では、単なる知識の暗記ではなく、「柔軟な思考」と「実践的な応用力」が求められます。例えば、物流が世界規模で展開される現代において、「グローバル」という概念は単なる語学力にとどまらず、文化理解や国際的な経済構造の把握を含む広範なものとなっています。また、社会の複雑化に対応するためには、専門領域にとらわれない「総合・統合的な視点」が必要です。
さらに、客観的な判断を下すためには、データの活用が不可欠です。理学や工学の分野では従来から数値分析が重要視されてきましたが、社会科学や人文学の分野でも、データ分析のスキルが求められるようになっています。感情やバイアスに流されず、適切な意思決定を行うためには、「分析応用力」が鍵となるでしょう。
4. 価値創造型の学びへの転換
多くの社会人が、大学での学びと実社会の乖離を経験しています。大学は「時代が変わっても通用する力」を養う場であるべきですが、その力を得る過程で、社会と接続する学びが求められます。
近年、「PBL(Project-Based Learning)」が教育現場で注目されています。これは、能動的な学習を通じて問題を発見し、解決する能力を育成する手法です。しかし、創生人材センターでは、従来のPBLをさらに発展させた「価値創造型PBL」を提唱しています。
価値創造型PBLでは、専門知識を基盤に理論を学び、仮説を立て、実際の現場での調査や実践を通じて、それを検証していきます。このプロセスの中で、「分析力」を活用しながら「アウトプット」と「アウトカム」を意識することが重要です。さらに、この学びを通じて「アントレプレナーシップ」を養い、「価値を創出・増大させる人材」を育成することが目標となります。
単なる知識の蓄積ではなく、現実の社会に適用できるスキルを身につけることで、学生はより実践的な能力を磨くことができます。こうした学びを積み重ねることで、「挑戦する勇気」と「リスクを適切に評価する判断力」を兼ね備えた人材が育つのです。
5. グローバルな視点で地域創生を考える
創生人材センターが目指す「創生」とは、「地域」創生を念頭に置いたものです。多くの「地方」創生の議論では、「東京一極集中の是正」や「地方経済の活性化」が焦点となりますが、本当にそれだけでよいのでしょうか?
確かに日本の人口減少は深刻な課題です。しかし、世界に目を向ければ、人口は増加を続けており、100億人時代も視野に入っています。日本の地方創生も、国内だけでなく世界規模で捉えることで、新たな可能性が生まれるのではないでしょうか?
例えば、「地域の優れた特産品を世界市場に展開する」「人口増加が続く海外から観光客を呼び込む」といったアプローチが考えられます。単に人口減少を悲観するのではなく、経済規模の拡大と地域の活性化に視点をシフトすることで、新たな価値創造の道が開けるはずです。
6. 未来への提言?行動する力を持つ人材育成
私たちが目指すべきは、単なる知識の習得ではなく、「理論(原理・原則)」と「経験(現場)」を往復しながら価値を創造できる人材の育成です。知識がどれほど豊富でも、それを社会で実現する人材がいなければ、価値は生まれません。リスクを恐れて何もしないのでは、何も変わらないのです。
(2023年3月2日、2025年2月14日改)